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「わがまま」に、自分の納得がいくように

根釧台地で酪農を営む楽しさはいつまでも変わらない

(有)WAHEI 代表

坂本和平

1951年生まれ、別海町出身 実家の牧場は兄が継ぎ、高校卒業後は一度酪農経営とは別の道に。その後、自分が思う「我がまま」な酪農経営・生き方を求め、新規就農。道東の酪農業界に対する思いは人一倍強い酪農家である。 飼育頭数:約470頭 草地面積:約270ヘクタール

酪農に携わることになった経緯、変遷

高校を卒業したあとは、農協で人工授精師として働いていました。実家も牧場なんですが、そこは長男である兄が継ぐことになっていたので、私は一旦別の道を歩むことになったんです。ですが、どうも「職員」という働き方が、「定年に向かって働いている」ようで性に合わなくって(笑)。それで会社を3年ほどで退職し、その後は兄と一緒に実家の牧場で20年ほど働いて、そのときに妻と結婚しました。8年ほど経った頃、兄と経営に関する考え方にずれが生じ始めたのもあって、平成5年に離農跡地であったこの牧場を買い取って新規就農したんです。

長く酪農に携わってきて、経営において大切にしていることはなんですか?

「できないってことは絶対に無い」というのがポリシーというか、信条ですね。というのも就農当時はお金がなかったので、「自分で作れるものは自分で」と、パーラーやフリーストール牛舎を2年かけて妻と一緒に作ったんです。 当時はフリーストール牛舎がまだ少なくって、しかもそれを「自分で作ろう」なんて人は周りにいなかったと思いますよ(笑)。既成概念を持たずに、なんでもトライする。これがポリシーです。 あとは経営は計画的に行うこと。就農当初から自分は何歳まで働けて、いつ引退するのかを逆算して計画を立て、実行してきました。 いまはその時期を終え、今度は「会社に残る者が舵をどういうふうにも切れる状態」を整えることに注力しています。

酪農において和平さんが楽しいと思うことはなんですか?

0から1を生み出し、形にしていく作業がとても好きです。根釧地域は日本最大の酪農地帯で、余るほど広大な土地がたくさんあります。それをどう活用して、どんなものを作っていくかを考えるのが楽しいですね。たとえば、牛を放牧するにあたって「ここは川が通っているから、牛が落ちないようにここをこうしよう」とか。 あとは、日々牧場の中で起きることをどうやって解決すればみんながハッピーになれるかとか。就農当時から変わらず、牧場の運営はとても楽しいです。

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