• betsukai

みんな幸せになるために生きている。みんなが幸せでいられるようにこれからも活動していきたい。

「らくのう」には二つの意味があると思っています。一つは文字通りの「酪農」。そして今感じているのは「楽農」。昔と比べて今はずっといい条件で仕事ができている。仲間もいるし毎日が本当に楽しい。だから「楽農」。

鹿毛牧場

鹿毛貢

北海道根室市生まれ。 先代は屯田兵で根室西和田地区を開拓し、北の警備守をしていた。 根室市は気候的に作物が育たない地域であったため、開拓二代目から三代目の間に酪農をすることになった。1977年まで現在の根室市明治公園で牧場を経営し、新酪農村という国家プロジェクトにより別海に牧場を開くことになった。 飼育頭数:約430頭(うち搾乳牛は230頭) スタッフ:8名(うち外国人研修生5名)

鹿毛さんが体験してこられた酪農の変遷を聞かせてください

小学校に上がる前から家で搾乳の手伝いをしていました。バケツと椅子だけを渡されてそこに腰掛けて、手で搾っていました。牧草も4,5人が並んで鎌を使って刈っていて、その牧草や作物で山を作り、冬の間牛に食べさせていました。次に馬二頭が引くバリカンのように草を刈る農機が入ってきて、その後にやっとトラクターが登場したんです。それから徐々に機械化に移っていきましたね。 コンパクトベーラーという牧草を乾燥させて固める機械があって、その機械から出てくる牧草のかたまりが一つ25kgあったんです。それを高さ2mくらいのトラックの荷台に人力で積むんですが、それが何よりも重労働で何よりも苦労しました。だから、ロールベーラーが出てきて、機械が持ち上げたり運んだりするのを見たときに「これは革命だ!」と思いましたね。でも高価な農機なので簡単には購入できず、持っている人を見ては「いいなぁ~」と思っていました。当時は乳価も牛の個体も今よりずっと安かったので経済的にも大変でした。コストを下げたり乳量を増やす努力をしたり、という試みは常に考えていましたね。

鹿毛さんが牧場を経営する上でのこだわりを教えてください

農家というのはアメリカなどではステータスシンボルなんです。牧場を持つということがステータスである限り、常にきれいに整備しておくということを心がけています。特にここでは牛乳を生産しているので、きれいな環境であることが何よりも大事です。 餌にもこだわりがあります。この辺りではデントコーンを作るのに気候が適しておらず難しいと言われています。それでもやはり健康にいいものを食べさせてあげたいという思いから、試行錯誤してデントコーンサイレージを作っています。牛の健康を考えた餌を作り、おいしい牛乳を搾って多く出荷する。そこにこだわり毎日取り組んでいます。

今後はどのように牧場を展開していきたいと思っていますか?

これからも今までどおり、綺麗な環境で美味しい牛乳をたくさん生産していきたいと思っています。今だとアニマルウェルフェアやHACCP(ハサップ)、JGAPなど様々な規格に基づいたやり方で牧場を作っていかなければなりません。ちえのわでも海外に牛乳を出荷しているので、認証を取ったものだとより知名度が高くなり、販売数も増えると思います。その時代の流れに合った経営や、その時の要請に合った牛乳を作ることが大事だと思います。

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