• hamanaka

1日24時間はみんな同じ。それをどう使うかで人生が変わってくる。

酪農なんて嫌いだ!でもメリハリをつけてやれば必ず結果はついてきます。

株式会社Kokoro 代表

天川記一

昭和20年に祖父が入植し、現在三代目当主。2018年5月より「株式会社Kokoro」に法人化。昔から酪農がとにかく嫌いだが、今はそれを逆手にとって「どうやったら手をかけないで済むか」を追求。常に有言実行で、赤字経営だった牧場を1年で黒字に回復。常に目標を追い求め、それに向かい全力でひた走り続ける浜中の「牛飼い」たる「酪農家」。

ご実家の牧場を経営するに至るまでのお話を聞かせてください

父親との折り合いが悪かったので、昔から継ぐ気はまったく無くて、むしろ「こんな仕事したくない!」くらいに思っていました。それが、ある時「牧場の息子なのにこんなことも知らないのか」って父親にバカにされたことがあって。もともと負けず嫌いな性格なので、それを聞いて「絶対見返してやる!!」と思って、酪農関係の学校に進学したんです。高校・短大と酪農を勉強して、削蹄師と人工授精師の資格を取得しました。でも、卒業していざ実家に戻って半年くらい経った頃に父親が事故で急死して。だからその時、「親父を見返す!」という、自分が酪農をやる意味とか目標が消えてしまった。だけど新しい牛舎が建ったばかりで離農するわけにもいかず、母・妹・弟と一緒に働きました。ただ短大を卒業したばかりの20歳そこそこのガキンチョで何の知識も無いので、とりあえず人に言われた通りにやってたら、乳量は上がっても繁殖がダメになったり、どっちかが良くなればどっちかが悪くなる、の繰り返し。そうこうしているうちに牛は減っていって、経営も悪化。さすがに「もうこのまま辞めたっていいや」って思っていました。すると周囲から「やっぱりあそこは親父がいなくなったし、もうダメだわ」って噂が聞こえてきたんですよ。それを聞いて「じゃあ俺が立て直してやる!みてろ!」という気持ちになり、母親から経営譲渡してもらい、経営の見直しをしました。『見返してやる!』という新しい目標ができたことで、負けず嫌いに新たな火が点いたんです(笑)。それからは辛いとか苦しいとかじゃなく、とにかくガムシャラに働いて。そして500万円赤字だったのを、一年後には100万の黒字にまで立て直すことができました。あの時は「みたか!」って思いましたねぇ(笑)。

天川さんが仕事において工夫していることなどはありますか

「時間を有効的に、かつ楽に牛を管理できるようにするにはどうすればいいか」 を常に考えていますね。たとえば仔牛が下痢症にならないよう、なるべくストレスをかけないように、最近哺乳ロボットを導入したんです。すると仔牛は好きな時に、好きな量のミルクを飲めるので、ストレスが軽減されて下痢が減ったんですよ。仔牛も健康になるし、自分たちがかける時間も大幅に減らせたことで、そこに充てていた時間を牛の観察や他のことに使えるようになった。手応えを感じたので、来年には同じような理屈で搾乳ロボットも2台導入する予定です。できるところから時間を短縮するのは「働く時はしっかり働いて、遊ぶ時は遊ぶ」というメリハリをつけないと、仕事もしっかりできないっていう考えがあるから。ずっと仕事して牧場に籠っていたら外に人脈ができないし、良い情報を得るチャンスも逃してしまう。それに子育ても家事もやって、牛舎にも入ってくれている嫁さんの負担をなるべく減らしたいという気持ちもあります。だからロボットを導入することで、「時間をお金で買っている」という感覚です。

天川さんの次の目標を教えてください

「浜中のおいしい牛乳」の1リットルのパックの中に、うちの牛乳をコップ一杯分が含まれるようにする、というのが今の目標です。うちは他の牧場に比べれば頭数も少ないし、乳量も少ないから本当にちょびっとしか入っていないんです。集荷も今は2日に一度だから、いつもパッケージされるわけじゃないし。それをせめてコップ一杯分が含まれるようにしたい。今は90頭搾っているけれど、来年には1.5倍の約140頭にして乳量を増やす計画を立てています。「このパックにはうちの牛乳が入ってるんだぞ!」と胸を張って人に言えるようになるのが目下の目標で、夢でもあります。

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